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- Newer : 激走!常夏スリランカ旅行5 シーギリヤ・ロック(後半)
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懐かしさにむせびつつ写真を選びながら、そろそろアノ旅行は夢だったんじゃないのか?と思い始めたゆきをです。寒い! ベリーベリー寒い!!
たぶん夢じゃなかったはずだという前提でいよいよ待望のシーギリヤ入りを果たしとうございます! ところでいまどの辺まで来たかと申しますと、
先日のアヌラーダプラの南、スリランカの古代王朝文化が栄えた文化三角地帯と呼ばれています。ホテルに到着したのは夜。
おおおお……おっしゃれーーー!!(感動)
しかしこのホテルにわざわざ2連泊したかった理由は極上のシャレオツ感だけではないのです! その理由は翌朝にならないと見られない!
それにしてもスマホってスゴイですね… ホテルのfree wi-fiのおかげでこんな所に来てまでグーグルも〇ちゃんも見れてしまうんですから!( 見るな) ちなみに今回の旅行で宿泊したホテルはすべてwi-fi完備でございました。快適快適。
そしていよいよ翌朝。
嘘じゃなかった! (決して入らないけど)プールサイドからシーギリヤ・ロックが見える宿!! すでにテンションMAX! マッドMAX!!
ジャングルの中に立つ岩山、その上にさらに遺跡が存在しているのですから……!
とりあえず落ち着くため&登頂日ということで朝食タイム。少し軽めに。
基本的にお米やカリーが主体のスリランカ料理ですが紅茶文化圏のためなのかどうか、パンもとってもおいしい。。! 町中でもベーカリーやパンを満載したトゥクトゥクを沢山みかけました。そして極め付けがこのアーッパ。その場で作ってもらった出来立て、ココナッツミルク入りのお椀のような形のクレープです。真ん中に卵を落して焼いてもらい、ペッパーで味付けしてもらいました。優しい味で、ほんとに美味しかった……っ!!
というわけで腹ごしらえを済ませたところでいざシーギリヤ・ロックへ!
シーギリヤ・ロックは元々は仏教僧たちの修行の場だったそうです。そこに五世紀後半、宮殿や数々の至宝を造らせた狂気の王カーシャパが現れます。王は十一年の間ここから王国を統治しました。そのあたりの詳しい歴史を解説しているのがこちら、シーギリヤ博物館なのですが。
なんとこちらの博物館、2009年に日本の援助によって建てられたというではないですか。
館内は自然光や植物をナチュラルに生かした、とても美しい場所でした。博物館好きなうえ遠い日本からシーギリヤにあこがれていた身としてはなんとも胸アツなエピソードですよ。いやー不覚。まったく知りませんで…!
まだ午前中ということもあり空気もさわやか。
ですが、ほんの一週間前まで日本において秋の不調祭りであえいでいた自分のような惰弱に本当に登れるのでしょうか……(ガクブル
広い敷地には復元された遺構と、そのまま残されている遺構がありました。遺構が残されている理由は将来スリランカの学生が考古学を勉強出来るようにということらしいです。見事な貯水システムは今も現役で、雨が降るとこういった穴から噴水が見られるそうな! それも見てみたいものですなあ。
ああああ、明らかに近づいてきたーーー!
左が僧房の址、右がシーギリヤのいわば正門だそうです。この二つの大岩は掌を合わせた形を表しているとされています。あたりはもうすでに目を疑うような光景ですよ……!
登頂中のヘタレ筆者w(妹撮影) 帽子はもう、脱いだよ…(早)
正直、この序盤~五合目までが一番きつかったですね。なぜならご覧の通り古代からの階段、けっこう段差があるんですよ。だが! 狸谷山不動院と都営地下鉄の鬼畜階段で日々鍛えられてきた胆力()でなんとかのりきった!はず!
通称”鏡の回廊(ミラーウォール)”。ここには岩山の壮大さを称える古代の詩人たちの言葉が刻まれていてとっても神秘的。それにつけてもガイドさんの余裕の足取りよ。聴けば登頂回数40回を数えているとか。まるでニンジャの末裔のようだ…(日本人脳) ちなみにいま、やっとここら辺 ↑↑ \(^o^)/
有名なシーギリヤ・レディの壁画もしかと拝見。こちらは写真撮影禁止のため残念ながら画像がありませぬ。
気が付けばあたりに空中庭園感が♪ しかしここまでくるともはや写真を撮るのも精一杯! 吹きすさぶ強風。いい天気だから助かったけれどもこれ雨天はけっこう厳しいんじゃないかと想像。まあシーギリヤ付近は年間通しても晴天が多いそうです。だからこそ権力者たちは貯水池を各地に作って水を領民のために確保していたわけですね……
スリランカに来てからそれほど日本人観光客を見ておりませんでしたが、さすがシーギリヤ・ロックまで来ると時折日本語を話す東洋人とすれ違うこと数回。それだけでなんだか嬉しくなりますね。人種も出身もさまざまな人々が狭い通路を譲り合い、励まし合いながらただひたすら上を目指す、一種の連帯感……
登山でしたな、完全に(真顔)
つ、、ついたーー! ”ライオン・テラス”に!!
岩山の北側の、八合目とでもいうべき広場です。ここでみんな写真撮ったり、束の間の休息を得ます。かつてはこの上にライオンの頭部の彫像があったのではないかと麓の博物館では推察されていました。いやああそれ残ってたらもっと凄かっただろうなあ。
古代に思いをはせつつ、この先ではまた新たなる展開が登山者を待ち受ける……!
というわけでまたしても長丁場で申し訳ありませんが、次回に続きまする。
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